「非正規労働者の処遇改善と就労安定化に有用な労組労供の事例研究に関する調査研究」(國特推助83号、研究代表者は國學院大學経済学部教授、橋元秀一)の調査研究概要
本研究は、「労働組合による労働者供給事業に関する総合的調査研究」の一部をなしている。この研究は平成 21 年度に開始された。一時の中断をはさみながらも調査研究が続けられ、当面、数年後の事例研究を中心とした学術書の刊行をめざし、國學院大學労供研究会での調査研究活動に取り組んでいる。平成 27 年度は、「労働組合による労働者供給事業の実態とその役割・意義に関する調査研究」をテーマに、4事例について平成23年度までの調査研究を補足すると共に、新たな1事例の追加調査を実施した。
平成28年度の調査研究は、「非正規労働者の処遇改善と就労安定化に有用な労組労供の事例研究」をテーマに引き続き詳細な事例調査を進めた。既存3事例(コンピュータ・ユニオン、新運転東京地本、全港湾)、27年度に追加した1事例(全日建運輸関西生コン支部)に加え、新たな事例として全建総連埼玉土建のインタビュー調査も実施した。また、労供労働者に対する社会保険適用問題をめぐって、厚生労働省の新たな対応方向が提示されたことから、労供組合が社会労働保険適用事業所となった場合のメリット・デメリットと利用に関する質問事項を策定し、これらのインタビュー調査の中で、社会労働保険適用事業所になった場合の対応策や労供事業への影響に関する労供組合の見解を集約する作業を行った。合わせて、労供労働者の社会保険利用状況や労働者福祉の実態に関する情報把握を進め、事例の詳細な実態分析を進めた。28年度のこれらのインタビュー調査は、研究者ばかりでなく労供事業を実施している当事者や労働組合役員が参加する労供研究会の場ですべて実施した。このことによって、事例に関する理解が深まると共に、さらに追究すべき論点が明確となり、労供組合が社会労働保険適用事業所となった場合の利用に対する見解の差異や共通認識の形成に有意義な検討がなされた。
平成28年度の研究成果の概要は、次の通りである。
これまでの労供事業をめぐる事例研究によって、事業内容ばかりでなく、労供事業の成立基盤はそれぞれ異なっており、幅広い多様性が明らかになっている。また、労働組合運動における労供事業の存在様式も運動上の位置づけも様々である。こうした多様な労組労供の実態は、労供労働者の社会保険の加入状況も、日雇労働保険を利用するケース、一般の雇用労働者の社会保険を利用するケース、国民健康保険や国民年金を利用するケースなどまちまちであった。平成28年度の調査研究では、社会保険をめぐる実態把握を重視して事例研究を進め、事例による労組労供の多様性がいっそう明らかになった。
当面の政策対応が急がれた「労供組合が社会労働保険適用事業所になる」ことに対する事例労供組合の見解や施策についても、上述した労供事業の多様性ゆえに、積極的に利用しようとする組合もあれば、むしろこれまでの考え方と齟齬が生じると見る組合もあった。それゆえ、「社会労働保険適用事業所となる」ことが、通常の雇用責任のある「事業主」となることであると混同されないように注意すべきであり、「社会保険適用事業所としての特例的な扱い」とすべきで「事業主」扱いとならないように留意する必要があることが指摘され、労供研究会でも共有認識となった。平成28年度の調査研究での主要論点となったこの問題について、政策的含意として成果の概要をまとめると、次通りである。
第一に、「社会労働保険適用事業所となる」ことがメリットである組合はそれを利用した施策を行い、メリットとはならない組合は利用せず、かつデメリットすなわち既存の労供事業に対して制約や困難、不利な影響を与えないようにすることが必要である。なお、5事例の中で積極的な利用を考えているのはコンピュータ・ユニオンのみであった。
第二に、コンピュータ・ユニオンは、労働者派遣法改正により供給・派遣で実施してきた労働者供給は3年を超えた派遣を継続できなくなったので、本来の労供として就業し、労供組合が社会労働保険適用事業所と同様な役割を果たせるようになれば、労供労働者に社会保険を適用できるようになると考えている。それは、労供組合が派遣会社と同じ機能を持つことにもなる。しかも、労働者派遣法の制約を受けないで派遣会社の機能をもつことになる。それは労供機能の発揮の上で利用価値があると言える。しかし「派遣会社」と同様に雇用責任を持つことが可能であろうか。先行事例としてフォーラムジャパンのケースがある。今後、フォーラムジャパンのより詳細な事例研究が求められる。
第三に、労供労働者が供給先に雇用されている期間、労供組合が雇用事務委託を受けて社会保険を適用する形を取ることが望ましい。社会保険事務処理の煩雑さをもたらすが、悪徳利用を規制するため、事務処理委託を労供組合のみに認めさせることが必要である。
第四に、労供組合が「社会労働保険適用事業所となる」場合、新たな可能性として雇用保険二事業の活用ができる可能性が拓かれる。雇用保険事業として雇用安定事業と能力開発事業があり、失業の予防、雇用機会の増大、労働者の能力開発・職業訓練等に資する雇用対策を労供組合が活用できるとすれば、労供組合員の就業と能力開発に有用な取り組みを進めることができる。これは大きなメリットであるが、保険料事業主負担分は、誰が負担するのか。労組労供に対する政府施策としての対応を求め、政府負担として利用する道を拓くのかどうか、今後慎重な政策検討が必要である。